「海の近くの漁師は、海を見て津波の大きさを判断してすぐに逃げて助かったのです。高い堤防を作ってしまっては、その判断もできなくなってしまいます。」
「ご遺体の火葬はいつも夜行われました。涙は出ないんです。淡々と行われました。ただ、その例外もありました。一家全滅してしまったご家族の娘さんが東京に出ていて助かり、戻って来られてお母さんの火葬をされているときでした。私の娘と同窓ということもあり、私を見つけてしがみついてきて泣きだしました。私はこの娘にかける言葉がありませんでした。もう帰る家がない。会いたい家族がいないのです。泣くまいと我慢しましたが、だめでした。帰りの車で私は大泣きしました。でも、悲しかったのではないのです。悔しかったのです。こんな想いは二度としたくない。誰にもこんな想いはさせたくない。そんな気持ちがいま、私に語り部をさせているんだと思います。」